トランプ次期政権の関税政策がEV/PHEV市場に与える影響:BYDとテスラの比較予測(2025-2026年)
2025年4月、トランプ氏が第47代アメリカ合衆国大統領として、早速過激な関税政策を次々と実行に移しています。とくに中国製EVやバッテリー関連製品に対しては、100%を超える高関税を課すなど、自動車業界に大きな混乱をもたらしています。
このような政策の転換により、EV・PHEV市場は世界的に再編の動きを見せ始めており、各メーカーは対応を迫られています。
今後1年間、各社がどのように戦略を変え、どの市場に注力していくのか――。本シリーズでは、毎月の動向と予測の変化を継続的にレポートしていきます。
初回となる今回は、**中国最大のEVメーカー「BYD」**と、**米国EV市場の王者「テスラ」**の比較を通じて、今後の業界地図を読み解いていきます。
EVの世界では、残念ながらわれらが日本が誇るトヨタはまだ存在感を出せていませんが、トヨタの強みは全方位対応なので、そちらはまた別途レポートしていきましょう。
■ 米国主導の関税攻勢とEV戦略
テスラは依然として米国内で圧倒的な存在感を持ち続けていますが、今や世界のEVリーダーの座を争うライバルとして台頭しているのが中国のBYDです。
現在、トランプ政権は中国製EVを「国家安全保障上の脅威」と位置づけ、強硬な姿勢を打ち出しています。その中で、BYDは2025年4月時点で米国市場に本格進出しておらず、これは一見すると不利に見える状況です。
しかし逆に言えば、米国での事業基盤を持たないからこそ、今回の高関税の影響を受けずに済んでいるという側面もあります。
今後、関税が長期化すれば、むしろ米国以外の市場――特に欧州、ASEAN、中南米などでの展開を強めるBYDの方が、機動的に成長戦略を展開できる可能性すらあります。
■ 今後の焦点:「関税を避ける」「PHEVを使い分ける」
トランプ政権の保護主義は、テスラにとっては一部追い風にもなりますが、同時に世界戦略の再構築を迫られる可能性もあります。一方のBYDは、米国以外の地域でPHEVとBEVを巧みに使い分け、すでにグローバル市場でのシェアを急拡大させています。
このような中、米中の関税戦争がEV業界にどう波及していくのか、今後も月次でアップデートを追いながら、業界の構造変化を見ていきます。
I. エグゼクティブサマリー
本レポートは、ドナルド・トランプ氏が米国大統領に再選され、公約している関税政策を展開しており、今後の電気自動車(EV)およびプラグインハイブリッド車(PHEV)市場への影響を分析し、特に主要プレイヤーであるBYDとテスラの2025年および2026年における状況を比較・予測するものである(2025年4月時点の視点)。
トランプ氏が提唱する関税政策は、広範な輸入品に対する最低10%の「相互関税」に加え、貿易黒字国や特に中国に対してはさらに高い税率を課すことを示唆している 。具体的には、中国製品に対する相互関税率を84%に引き上げ、EVに対しては100%の追加関税が適用される可能性が示されている 。また、国家安全保障を理由とした通商拡大法232条に基づき、自動車および部品に25%の関税を課す措置も発表されている 。 対中国に対する強硬姿勢で米国関税に対抗処置をしたら、報復でさらに関税をとエスカレーション 特に対中国に対する姿勢は強硬です。
これらの関税が導入された場合、米国のEV/PHEV市場では、部品コストの上昇や完成車への高関税により、車両価格が大幅に上昇し、需要が抑制され、普及ペースが鈍化すると予測される 。グローバル市場においては、サプライチェーンの混乱 、中国などからの報復関税 、貿易フローの変化が引き起こされ、特に中国に生産拠点を置く企業に大きな影響が及ぶと考えられる。
BYDは、現状米国市場でのプレゼンスは限定的であり、関税の直接的な影響は小さい。しかし、メキシコでの工場建設計画は、米国の政治的圧力や中国政府の技術流出懸念により不確実性を増している 。同社は垂直統合によるコスト競争力と多様な製品ポートフォリオを武器に、中国、欧州、アジア、中南米など非米国市場での拡大を加速すると見られる 。高い輸出利益率 は、関税導入時の価格調整余地を与える可能性がある。
一方、テスラは米国市場への依存度が高く 、関税導入による価格上昇と需要減退の影響を直接受ける。さらに、グローバル生産の約半分を担うギガファクトリー上海 からの部品・完成車輸出が、米国の対中関税や他国(特に欧州)での潜在的な関税、中国からの報復関税のリスクに晒される 。これは、BYDが直面するリスクとは異なる、多方面からの圧力となる。関税導入は、既に観測されているテスラの販売減速、利益率低下、ブランドイメージ問題 をさらに悪化させる可能性がある。
比較予測として、2025-2026年において、BYDは非米国市場を中心にグローバルな販売台数と市場シェアを拡大し続ける一方、テスラは関税の影響と競争激化により、特に米国外でのシェア低下や販売台数の伸び悩みに直面する可能性が高い。BYDは比較的安定した収益性を維持すると見られるが、テスラはコスト増と需要減により収益性が圧迫されるリスクがある。両社ともに戦略調整を迫られるが、BYDは非米国市場への注力、テスラはサプライチェーンの再構築とコスト削減、ソフトウェア収益への期待という、異なる対応が予測される。
結論として、トランプ氏の関税政策は、BYDのグローバルな台頭を(米国市場を除き)相対的に後押しし、テスラにはより深刻な試練をもたらす可能性が高い。サプライチェーンの強靭性、コスト管理能力、市場の多様化が、今後の競争優位性を左右する重要な要素となるだろう。
II. トランプ政権の関税政策とEV/PHEV市場への影響
トランプ政権下で想定される関税政策は、世界の自動車産業、特に急速に成長するEV/PHEVセクターに多大な影響を与える可能性がある。本セクションでは、提案されている政策の概要と、それが米国および世界のEV/PHEV市場に及ぼしうる影響を分析する。
A. トランプ氏の関税政策の概要
トランプ氏は、大統領在任中およびその後の発言を通じて、保護主義的な貿易政策への強い意欲を一貫して示してきた。再選した場合に導入が検討されている主要な関税政策は以下の通りである。
- 相互関税(Reciprocal Tariffs): 全ての輸入品に対して最低10%の関税を課し、米国よりも高い関税を課している国に対しては、その国の税率と同等の「相互」税率を適用するという考え方である 。2025年4月には、中国に対する相互関税率を34%から84%へ引き上げる大統領令が発令され、多くの中国製品の輸入関税が130%程度になるとの見方が示された 。
- 対中国追加関税: 相互関税に加え、既存の301条関税やIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づく追加関税が維持・強化される可能性がある。特にEVに対しては、100%の追加関税が適用される可能性が報じられている 。さらに、中国からの輸入品に対するデミニミスルール(少額貨物の免税措置)の適用終了も示唆されており 、低価格帯製品への影響も懸念される。
- 自動車・部品への25%関税(通商拡大法232条): 国家安全保障上の脅威を理由に、輸入される乗用車(セダン、SUV、ミニバン等)および主要部品(エンジン、トランスミッション等)に対して25%の関税を課す大統領令が2025年3月に発表された 。これは、日本、欧州、韓国など主要な同盟国からの輸入も対象となりうる広範な措置である 。USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)対象国からの輸入については、非米国産コンテンツ部分にのみ関税を適用する仕組みが検討されている 。
これらの関税政策の目的は、米国内の雇用創出、国内産業(特に製造業)の保護、貿易赤字の削減にあるとされている 。しかし、その影響は広範囲に及び、国内外で懸念の声も上がっている 。
B. 米国EV/PHEV市場への影響
関税政策の導入は、米国のEV/PHEV市場に以下のような複合的な影響を与えると予測される。
- 車両価格の上昇: 輸入完成車に対する高関税(特に中国製EVへの100%関税や、その他輸入車への25%関税)は、対象車両の価格を直接的に引き上げる 。さらに、輸入部品(バッテリー、モーター、半導体など)への関税も、米国内で組み立てられるEVを含む全ての車両の生産コストを増加させる 。専門家は、関税により新車価格が平均で1万ドル以上上昇する可能性を指摘しており 、特に価格帯が高めのEVにとっては大きな負担となる 。
- 販売台数の減少と普及ペースの鈍化: 価格上昇は消費者の購買意欲を削ぎ、EV/PHEVの販売台数減少につながる可能性が高い 。特に、EVはまだガソリン車よりも平均価格が高い状況にあり 、価格競争力の低下は普及の大きな障壁となる。バイデン政権下で導入されたEV購入税額控除も、トランプ政権下では縮小・撤廃される可能性があり 、これも需要を抑制する要因となる。結果として、米国のEVシフトのペースは大幅に鈍化するリスクがある。
- 国内生産への影響: 関税は国内生産を促進する意図があるが 、その効果は不透明である。国内メーカーも多くの部品を海外(特に中国)に依存しており 、関税によるコスト増は避けられない。サプライチェーンの国内回帰には時間と多額の投資が必要であり、短期的には生産コスト増が収益を圧迫する可能性がある。また、価格上昇による需要減退は、国内工場の稼働率低下につながるリスクもある 。
- 中古EV市場へのシフト: 新車価格の高騰により、消費者が中古車市場に目を向ける可能性がある 。特に、リース返却などで市場に出回る比較的新しい中古EVは、価格面での魅力が増すかもしれない 。ただし、新車供給の減少は中古車価格の上昇圧力にもなりうるため、消費者の負担軽減効果は限定的かもしれない 。
C. 世界のEV/PHEV市場への影響
米国の関税政策は、グローバルなEV/PHEV市場にも波及効果をもたらす。
- サプライチェーンの混乱と再編: 中国を含む世界各国からの部品輸入に関税が課されることで、既存の複雑なサプライチェーンが寸断・混乱するリスクがある 。企業は、関税を回避するために生産拠点の移転や調達先の変更を迫られる可能性があるが、これには時間とコストがかかる。特に、バッテリー材料や部品などで中国への依存度が高いEV産業にとっては大きな課題となる 。
- 報復関税のリスク: 米国の関税措置に対し、中国やEUなどが報復関税を発動する可能性が高い 。中国は既に米国製品に対する34%の報復関税を発表しており 、これがEVや関連部品に適用されれば、米国から輸出される車両(特にテスラなど)や部品の価格競争力が低下する。貿易戦争の激化は、世界経済全体に悪影響を及ぼす懸念がある 。
報復の応酬で、いまや84%? を中国が関税をかける事態になっている。 報復関税をかけなかった国は90日 相互関税は延期といった事態にもなっています。 日ごとに状況が変わっている状況です。 - 貿易フローの変化と競争環境の変化: 高関税により米国市場へのアクセスが困難になった企業(特に中国メーカー)は、欧州、アジア、中南米など他の市場への輸出・投資を強化する可能性がある 。これにより、これらの地域での競争が激化する一方、米国市場から締め出された中国メーカーが他市場で価格攻勢を強め、結果的に欧州や日本、韓国のメーカーの収益性を圧迫する可能性も指摘されている 。長期的には、米国の保護主義が米国自動車産業の国際競争力を低下させ、中国メーカーの優位性を高める可能性すらある 。
- メキシコなど第三国の役割変化: 米国市場への「裏口」としてメキシコを利用する動きが警戒されており 、USMCAの下でもメキシコからの輸入に対する監視が強まる可能性がある。メキシコ政府は、米国との貿易関係を重視し、中国からの投資に対する姿勢を見直す可能性も指摘されている 。これにより、メキシコでのEV生産計画(BYDなど)に影響が出る可能性がある。
総じて、トランプ氏の関税政策は、EV/PHEVのコスト上昇、需要抑制、サプライチェーンの混乱、貿易摩擦の激化を通じて、米国および世界のEV/PHEV市場の成長に大きな不確実性をもたらすと考えられる。
III. BYD分析(2025年4月時点)
世界最大のNEV(新エネルギー車)メーカーであり、BEV(バッテリー電気自動車)販売でもテスラと首位を争うBYDは、トランプ政権の関税政策下で特異なポジションにある。本セクションでは、2025年4月時点でのBYDの状況を分析する。
A. 米国市場でのポジションと戦略
現状、BYDは乗用車分野において米国市場で実質的な販売活動を行っていない。これは、トランプ前政権時代から続く米中貿易摩擦や、バイデン政権下でのEV税額控除における厳しい原産地規則などが背景にあると考えられる 。したがって、トランプ氏による新たな対中関税(EVへの100%関税など )が導入されても、BYDの米国での既存事業への直接的な打撃は極めて小さい。
しかし、BYDは将来的な北米市場への参入を視野に入れ、メキシコでのEV生産工場の建設計画を進めてきた 。メキシコ国内市場向けを主目的としつつ 、将来的にはUSMCAの枠組みを利用した米国市場へのアクセスも狙っていた可能性が指摘されている。メキシコでは既に販売網を拡大しており、2024年には4万台を販売、2025年には倍増の8万台を目指している 。
ところが、このメキシコ工場計画は複数の障壁に直面している。
- 中国政府による承認遅延: 中国商務省が、BYDの先進技術(特にスマートカー技術)がメキシコ経由で米国に流出することを懸念し、工場建設の承認を遅らせていると報じられている 。
- 米国の政治的圧力: トランプ氏はメキシコを中国製品の「裏口」と見なしており 、メキシコで生産された中国ブランド車に対しても高い関税を課す可能性を示唆している。メキシコ政府も、米国との貿易関係を最優先する姿勢を示しており 、中国企業への風当たりが強まる可能性がある 。
- 事業採算性への疑問: 米国市場への輸出が困難になる場合、メキシコ国内市場および中南米市場だけをターゲットとした大規模工場(計画では年産15万台 )の採算性を疑問視する声もある 。部品の多くを中国から輸入する必要があり、メキシコがこれらの部品に関税を課すリスクも存在する 。
これらの要因により、BYDのメキシコ戦略、ひいては米国市場への間接的なアプローチは、2025年4月時点で不確実性が高まっている。BYDは当面、米国市場への直接参入を避け、リスクを評価しながらメキシコ計画を進めるか、あるいは計画自体を見直す可能性もある。
B. グローバルな生産・販売ネットワーク
BYDの強みは、中国国内の巨大な生産・販売基盤と、急速に進むグローバル展開にある。
- 中国市場: 世界最大の自動車市場である中国において、BYDはNEV(BEV+PHEV)販売で圧倒的なリーダーであり、国内販売が同社の基盤となっている 。熾烈な価格競争が続く中でも、高いシェアを維持している。
- 欧州市場: BYDは欧州市場での拡販を積極的に進めており、ハンガリーに生産拠点を建設中である。目標として、2026年までに欧州EV市場で5%のシェア獲得を掲げている 。ただし、欧州委員会による中国製EVへの補助金調査の結果次第では、追加関税が課されるリスクも存在する 。
- アジア・中南米市場: タイに生産拠点を持ち、東南アジア市場での販売を伸ばしている。また、ブラジルにも工場を建設中であり 、メキシコを含む中南米市場でのプレゼンスを着実に高めている 。
- その他: オーストラリア、中東など、世界各地で販売網を拡大している 。
この広範なグローバルネットワークは、特定の市場(特に米国)への依存度を低減させ、地政学的リスクを分散させる上で有利に働く。
C. 製品構成と価格競争力
BYDの製品戦略の特徴は、BEVとPHEVの両方を幅広く展開している点と、価格帯の広さにある。
- BEVとPHEVのミックス: テスラがBEV専業であるのに対し、BYDはBEVとPHEVの両方を主力製品としており、多様な顧客ニーズに対応できる。2024年の総販売台数約430万台のうち、BEVは約176万台であった 。PHEVは、充電インフラが未整備な地域や、EVへの移行に慎重な顧客層を取り込む上で有効である。一部報道では、欧州市場において関税上昇の影響を受けにくいPHEVの販売が急拡大しているとの情報もある 。
- 価格競争力: BYDの最大の武器は、バッテリー生産を含む垂直統合型のサプライチェーンによるコスト競争力である 。これにより、同等スペックの競合車種よりも大幅に低い価格設定が可能となっている。例えば、中国国内では1万5千ドル以下のエントリーモデルも投入しており 、欧州市場でもテスラ・モデル3の約半額のセダンを発表するなど 、価格で市場を切り崩す戦略をとっている。
- 関税導入時の影響: 高い関税が課された場合でも、BYDには価格競争力を維持する余地があると考えられる。特に欧州市場では、中国国内販売に比べて大幅に高い利益率(「EUプレミアム」)を確保していると分析されており 、関税の一部を吸収してもなお利益を確保できる可能性がある。Rhodium Groupの分析によれば、BYD Seal UモデルはEUで販売すると中国国内より13,000ユーロ多く利益が出ており、30%の関税が課されてもなお4,700ユーロの「EUプレミアム」が残る計算になる 。この利益バッファーは、関税環境下での価格戦略において大きなアドバンテージとなる。
D. 関税政策への脆弱性と対抗策
BYDの関税政策に対する脆弱性は、主に米国市場へのアクセス制限と、欧州など他の主要市場での保護主義の高まりにある。
- 脆弱性:
- 米国市場への参入障壁がさらに高まる(直接・間接問わず)。
- メキシコ工場計画が頓挫または大幅な見直しを迫られるリスク 。
- 欧州などでの追加関税導入リスク 。
- グローバルなサプライチェーン(特に中国からの部品輸出)への関税影響。
- 考えられる対抗策:
- 非米国市場への注力: 米国市場を当面諦め、成長が見込める欧州、アジア、中南米市場へのリソース集中を加速する 。
- 生産地の多様化: ハンガリー、タイ、ブラジルなど、中国国外での生産拠点を活用・拡大し、関税リスクを分散する。メキシコ計画は、国内市場向けに規模を縮小して継続する可能性も考えられる。
- 価格戦略の柔軟な運用: 高い利益率を活かし、関税が課された市場でも競争力のある価格設定を維持する 。必要に応じて価格調整を行い、シェア拡大を優先する。
- 技術開発による差別化: バッテリー技術(急速充電など )やADAS(先進運転支援システム )など、技術的な優位性をアピールし、価格以外の競争軸を強化する。
- PHEVの活用: BEVへの風当たりが強い市場では、PHEVのラインナップを強化して販売を維持・拡大する 。
総じて、BYDはトランプ氏の関税政策によって米国市場への道はほぼ閉ざされるものの、そのグローバルな展開力、コスト競争力、多様な製品ポートフォリオ、そして高い利益率によって、関税環境下でも成長を続けるポテンシャルを持っている。ただし、欧州など他市場での保護主義の動向と、メキシコ戦略の行方が今後の鍵となる。
IV. テスラ分析(2025年4月時点)
EV市場のパイオニアであり、長らく世界のリーダーであったテスラは、トランプ政権の関税政策によって、BYDとは異なる種類の、より深刻な課題に直面する可能性がある。本セクションでは、2025年4月時点でのテスラの状況を分析する。
A. 米国市場でのポジションと依存度
米国はテスラにとって依然として最大の市場であり、その収益と販売台数において極めて重要な位置を占めている 。2024年の米国EV市場におけるテスラのシェアは約48%と過半数を占めていたが、フォード(7.5%)、シボレー(5.2%)、ヒョンデ(4.7%)などの競合他社が多様なモデルを投入する中で、そのシェアは近年低下傾向にある 。
トランプ氏の関税政策は、この米国市場におけるテスラのポジションに直接的な影響を与える。
- 国内生産への影響: テスラは米国内(カリフォルニア州フリーモント、テキサス州オースティン)に主要な生産拠点を有しており、完成車輸入関税の影響は限定的である。しかし、EV生産に不可欠なバッテリーセルやモーター部品、電子部品などの多くを中国を含む海外から調達しているため、部品に対する関税(25%の自動車部品関税 や対中追加関税 )は生産コストを押し上げる要因となる。
- 価格競争力の低下と需要への影響: 部品コストの上昇は、車両価格に転嫁されるか、テスラの利益率を圧迫することになる。価格に転嫁した場合、既に平均価格がガソリン車より高いEVの魅力がさらに低下し、需要が減退するリスクがある 。特に、競合他社がより安価なモデルを投入する中で、テスラの価格競争力は相対的に低下する可能性がある。
- 政策変更の影響: トランプ政権は、バイデン政権が進めたEV普及目標(2035年までに新車販売の50%をEVに)を撤廃し 、EV購入税額控除の廃止も示唆している 。これらの政策変更は、米国市場全体のEV需要を冷え込ませ、テスラの販売にもマイナスの影響を与えるだろう。
米国市場への高い依存度は、これらの関税政策や国内EV支援策の後退による影響をテスラが直接的に受けやすい構造にあることを意味する。
B. グローバルな生産・販売ネットワーク
テスラは米国以外に、中国(上海)とドイツ(ベルリン)に主要なギガファクトリーを有し、グローバルな生産・販売体制を構築している。
- ギガファクトリー上海: テスラのグローバル生産能力において極めて重要な拠点であり、2025年第1四半期にはテスラの全世界納車台数の約51%を占める車両を生産したと推計される 。中国国内市場向けだけでなく、アジア太平洋地域や欧州への主要な輸出拠点としても機能してきた 。
- ギガファクトリーベルリン: 主に欧州市場向けのモデルYなどを生産している。しかし、2025年第1四半期には、モデルYの生産ライン刷新のための操業停止もあり 、欧州全体でのテスラの販売は大幅に落ち込んだ(ドイツで前年同期比62.2%減 、フランスで41.1%減 など)。
- 販売状況: 2025年第1四半期のテスラの全世界納車台数は336,681台と、前年同期の369,783台から約9%減少し、市場予想も下回った 。特に欧州市場での落ち込みが顕著であった 。一方、中国市場では、月次では変動があるものの、第1四半期の国内小売販売台数は前年同期比で微増となった 。しかし、BYDなど現地メーカーとの競争激化により、市場シェアは低下傾向にある 。
このグローバルな生産体制は、本来であればリスク分散に寄与するはずだが、トランプ氏の関税政策下では、特にギガファクトリー上海が脆弱性の源泉となりうる。
C. 関税影響の脆弱性(中国生産/輸出、報復リスク)
テスラは、BYDとは異なり、米国の関税政策と中国の報復措置の両方から影響を受ける「挟み撃ち」のリスクに晒されている。
- 米国への部品・完成車輸出への影響: ギガファクトリー上海で生産された部品が米国の工場で使用される場合、対中関税(部品への25%関税や追加関税)の対象となり、コスト増につながる 。また、将来的に上海から米国へ完成車を輸出する選択肢は、EVへの100%関税などにより、事実上不可能になる 。
- 他国(特に欧州)への輸出への影響: ギガファクトリー上海は欧州向けの主要な輸出拠点でもある。もしEUが中国製EVに対して追加関税を導入した場合(現在調査中 )、上海から輸出されるテスラ車も対象となり、欧州市場での価格競争力が損なわれる。Rhodium Groupの分析では、15-30%程度の関税でも、中国から欧州へ輸出するテスラのような外国ブランドのビジネスモデルは成り立たなくなる可能性があると指摘されている 。
- 中国市場での報復リスク: 米国による対中関税強化への報復として、中国政府が米国企業であるテスラに対して何らかの措置(不買運動の奨励、許認可の遅延、追加関税など)をとるリスクがある 。中国はテスラの売上高の約22%(2024年)を占める重要市場であり 、ここでの事業環境悪化はテスラにとって大きな打撃となる。
- サプライチェーン全体への影響: 関税は特定の部品だけでなく、サプライチェーン全体に波及効果をもたらす 。コスト上昇は利益率を圧迫し、価格転嫁は需要を減退させる悪循環に陥る可能性がある。
このように、テスラのグローバル生産・販売体制、特にギガファクトリー上海への依存度の高さが、関税環境下においては大きな脆弱性となっている。これは、米国市場でのプレゼンスがほぼなく、非米国市場での拡大に注力できるBYDとの決定的な違いである。
D. 脆弱性と潜在的な対抗策
テスラが直面する脆弱性は多岐にわたり、関税はその一部を増幅させる要因となる。
- 脆弱性:
- 米国市場への高い依存度と、同市場での需要減退リスク 。
- ギガファクトリー上海をハブとするグローバル供給網の関税リスク(部品・完成車輸出、報復措置)。
- 部品調達における中国依存とコスト上昇リスク 。
- 主要モデル(モデル3/Y)の陳腐化と競争激化 。
- 既に進行している販売減速と利益率の低下 。
- CEOの言動に起因するブランドイメージの変動性と、それに伴う顧客離反リスク 。
- 考えられる対抗策:
- サプライチェーンの再構築: 部品調達先を中国以外(米国、メキシコ、その他同盟国)へ多様化・国内回帰させる。ただし、これには時間とコストがかかり、短期的な解決は難しい。
- 生産拠点の役割見直し: ギガファクトリー上海の輸出拠点としての役割を縮小し、各地域市場向けの地産地消を強化する(例:ベルリン工場での欧州向け生産強化)。
- コスト削減: サプライチェーンの見直しに加え、生産プロセス改善や人員削減など、徹底したコスト削減努力を行う。
- 価格戦略: コスト上昇分を価格に転嫁するか、利益率を犠牲にして販売台数を維持するか、難しい判断を迫られる。地域やモデルによって異なる戦略をとる可能性もある。
- ソフトウェアとFSD(完全自動運転)への注力: FSDソフトウェアのライセンス販売や、将来のロボタクシー事業 など、車両販売以外の収益源を強化する。ただし、FSDの技術的・規制的なハードルは依然として高い 。
- 新モデル投入: より低価格な次世代モデルやサイバートラックの量産加速など、製品ラインナップを刷新・拡充することで需要を喚起する。ただし、関税による財務的圧力は、新モデル開発・投入のペースを遅らせる可能性がある。
テスラは、関税という外部からの圧力に加え、内部的な課題(販売減速、競争激化、ブランド問題)にも対処する必要があり、極めて複雑な経営判断を迫られることになる。その戦略的な対応力が、今後の競争力を大きく左右するだろう。
表1:テスラの主要市場におけるQ1 2025販売状況(比較)
国/地域 | Q1 2024 販売台数 | Q1 2025 販売台数 | 前年同期比 | 主要トレンド/要因 |
---|---|---|---|---|
米国 | (データなし) | (データなし) | (データなし) | 最大市場だがシェア低下傾向 。関税によるコスト増・需要減リスク 。 |
中国 | 220,876 (卸売) | 172,754 (卸売) | -21.8% | Q1卸売減も3月回復 。小売はQ1微増 。競争激化、報復リスク 。 |
ドイツ | 13,068 | 4,935 | -62.2% | 大幅減。ベルリン工場改修影響も 。EV市場全体は成長 。 |
フランス | 11,360 | 6,696 | -41.1% | 大幅減 。 |
英国 | 11,768 | 12,474 | +6.0% | 欧州主要国で唯一増加 。 |
欧州合計 | (概算 >7万台) | (概算 <5万台) | 大幅減 | 英国除く全域で減少 。上海からの輸出への関税リスク 。 |
グローバル | 369,783 (納車) | 336,681 (納車) | -8.9% | 販売減速、市場予想下回る 。BYDにBEV販売で抜かれる 。 |
注: 販売台数は出典により定義(納車、卸売、登録など)が異なる場合があるため、傾向把握の参考値とする。
V. 比較予測:関税シナリオ下のBYD vs. テスラ(2025-2026年)
トランプ氏の関税政策が導入された場合を想定し、2025年から2026年にかけてのBYDとテスラの状況を比較・予測する。
A. 主要市場(米国、中国、欧州)における市場シェアと販売台数
- BYD:
- 米国: 市場シェアは引き続き無視できるレベルに留まる可能性が高い。メキシコ経由での参入も、関税や政治的リスクにより2026年までには実現困難と見られる 。販売台数はほぼゼロと予測。
- 中国: 国内市場でのリーダーシップを維持・強化し、市場シェアをさらに拡大する可能性が高い。価格競争力と多様な製品ラインナップが強みとなる 。販売台数は堅調な成長を維持すると予測。
- 欧州: シェア拡大が続くと予測されるが、EUによる対中EV関税の導入レベルによっては、そのペースが鈍化する可能性がある 。それでも、価格競争力と積極的な拡販戦略により、目標とする5%シェア(2026年) に向けて着実に前進すると見られる。販売台数は、中国国内の過剰生産能力を吸収するためにも、輸出主導で増加すると考えられる 。
- グローバル: 米国市場を除き、アジア、中南米などでの拡大も寄与し、グローバルなBEV/NEV市場でのシェアを着実に高め、テスラとの差を広げる可能性がある 。
- テスラ:
- 米国: 国内生産により一定のシェアは維持するものの、部品コスト上昇に伴う価格上昇やEV支援策の後退により、需要が伸び悩み、シェアが微減または横ばいとなる可能性がある 。販売台数の大幅な増加は見込みにくい。
- 中国: BYDをはじめとする現地メーカーとの競争激化に加え、米中貿易摩擦の激化による潜在的な報復措置のリスク から、市場シェアはさらに低下する可能性が高い。販売台数は横ばい、あるいは減少するリスクもある。
- 欧州: 2025年Q1の販売不振 からの回復は容易ではない。ギガファクトリー上海からの輸出に対する関税リスク や、現地メーカー(VW、BMWなど)のEV攻勢により、シェア回復は困難と予測される。販売台数の伸び悩み、あるいは減少が続く可能性がある。
- グローバル: 主要市場での苦戦が予想されるため、グローバルなBEV市場におけるシェアは低下傾向が続くと予測される。2025年の販売台数は前年比で横ばいまたは微減、2026年の回復も不透明感が強い。
この予測は、関税政策がBYDの成長を(米国市場を除き)加速させる一方で、テスラの成長にはブレーキをかけるという非対称な影響をもたらす可能性を示唆している。BYDが米国市場から締め出される一方で、テスラは自国市場での逆風と、重要生産拠点である中国を巡るリスクという二重苦に直面するためである。
B. 財務状況:収益性と回復力
- BYD:
- 垂直統合によるコスト管理能力 と、欧州などでの高い輸出利益率 により、比較的健全な収益性を維持すると予測される。
- ただし、グローバルな価格競争の激化や、輸出先での関税導入は、利益率への下方圧力となる可能性がある(2024年Q4には既に粗利率低下の兆候も見られた )。
- 全体としては、研究開発やグローバル展開への継続的な投資を支えるだけの財務的体力は維持できると見られる。
- Tesla:
- 部品コストの上昇(関税影響 )、価格競争による値下げ圧力、サプライチェーン再編コストなどにより、利益率は2025年から2026年にかけてさらに低下するリスクが高い。既に2024年には営業利益率が大幅に低下しており 、関税はこの傾向を加速させる可能性がある。
- コスト上昇分を価格転嫁できれば利益率を維持できるが、需要減退を招くため、販売台数と利益率のトレードオフという厳しい状況に直面する。
- 財務的な回復力は、コスト削減努力の成果、FSDなどソフトウェア収益化の進展 、そして新モデル投入の成功にかかっているが、不確実性が高い。
収益性の維持能力は、将来の成長に向けた投資余力を左右する重要な要素である。現状の分析からは、BYDが構造的なコスト優位性と利益バッファーにより、テスラよりも有利なポジションにあるように見える。テスラが収益性を守り、将来への投資能力を維持できるかが、中期的な競争力を占う上で極めて重要となる。
C. グローバル戦略の調整
- BYD:
- 米国市場への期待を下げ、欧州、アジア、中南米といった非米国市場へのリソース配分をさらに強化する 。
- メキシコ戦略は、リスクを最小化する方向で見直される可能性が高い。当面はメキシコ国内市場と中南米市場に焦点を絞り、米国への輸出は考慮しない形での工場計画縮小・延期などが考えられる 。
- ハンガリー、タイ、ブラジルなど、進行中の海外生産拠点建設を計画通り進め、地産地消体制を強化することで、関税リスクと地政学的リスクの分散を図る。
- 製品戦略としては、多様な価格帯のBEVとPHEVを提供し続けることで、各市場の特性に合わせた展開を進める 。
- Tesla:
- サプライチェーンにおける中国依存度を低減するための抜本的な見直しが急務となる。部品調達先の多様化(米国、メキシコ、インドなど)や、重要部品の内製化加速などが考えられるが、実現には時間を要する。
- ギガファクトリー上海の役割を再定義する必要がある。輸出拠点としての機能を縮小し、中国国内市場向け生産に特化させるか、あるいは関税の影響が少ない地域(アジア太平洋など)への輸出に限定するなどの調整が考えられる 。
- コスト削減圧力が強まる中で、米国や欧州での製品構成や価格設定の見直しを迫られる可能性がある。
- 車両販売の利益率低下を補うため、FSDソフトウェアの販売・サブスクリプションや、スーパーチャージャーネットワークの開放、エネルギー事業など、非車両事業の収益化への取り組みを強化する 。
- 財務状況が悪化した場合、野心的なプロジェクト(ロボタクシー、次世代低価格車など)の計画見直しや延期も視野に入ってくる可能性がある。
両社とも戦略的な調整を迫られるが、その性質は異なる。BYDは主にグローバル展開の「舵取り」の調整である一方、テスラはサプライチェーン、生産体制、収益構造といった事業の根幹に関わる「再構築」に近い、より複雑で困難な調整が必要となる。
D. 技術開発と新モデル投入計画への影響
- BYD:
- 比較的安定した財務基盤を背景に、研究開発への投資を継続し、急速なペースでの新モデル投入を続けると予想される 。
- バッテリー技術(ブレードバッテリー、急速充電 )、PHEV技術(DM-i/DM-p)、ADAS(「天神の眼」)など、自社の強みである技術をさらに進化させ、製品競争力を高めることに注力するだろう。
- 多様なセグメント(低価格帯から高級ブランド「仰望」まで)をカバーする製品開発を継続する。
- Tesla:
- 財務的な圧力が高まる中で、研究開発投資の優先順位付けがよりシビアになる可能性がある。コスト削減やサプライチェーン対応にリソースが割かれ、革新的な次世代技術や全く新しいモデルカテゴリーへの投資が抑制されるリスクがある 。
- サイバートラックの生産立ち上げ、計画中の低価格モデル(通称モデル2)の開発・投入は継続される可能性が高いが、そのスケジュールに遅れが生じる可能性も否定できない。
- FSDの開発は最優先事項であり続けるだろうが 、その実用化と収益化には依然として技術的・規制的な不確実性が伴う。
- 短期・中期的には、既存モデルの改良や派生モデルの追加によって製品ラインナップを維持・強化する動きが中心になるかもしれない。
技術革新と新製品投入のスピードは、長期的な競争力を左右する。BYDが現在の勢いを維持できる一方、テスラが財務的制約からそのペースを落とさざるを得ない状況になれば、両社の競争力バランスにさらなる変化が生じる可能性がある。
表2:比較予測:関税シナリオ下のBYD vs. テスラ(2025E & 2026E)
指標 | BYD (2025E) | Tesla (2025E) | BYD (2026E) | Tesla (2026E) |
---|---|---|---|---|
世界BEV販売台数見通し | 増加(テスラを上回る可能性) | 横ばい~微減 | 継続増加 | 微増~横ばい(回復不透明) |
市場シェア見通し(米国) | ほぼゼロ | 微減~横ばい(需要減リスク) | ほぼゼロ | 横ばい~微減 |
市場シェア見通し(中国) | 拡大 | 低下(競争激化、報復リスク) | 継続拡大 | 継続低下 |
市場シェア見通し(欧州) | 拡大(関税次第でペース変動) | 低下~横ばい(回復困難) | 継続拡大(目標5%) | 横ばい~微減 |
収益性トレンド見通し | 安定~微減(高利益率維持) | 低下(コスト増、競争激化) | 安定~微減 | 低下~横ばい(コスト削減次第) |
主要な戦略シフト | 非米国市場への注力加速、メキシコ戦略見直し | サプライチェーン再構築、コスト削減、ソフトウェア強化 | グローバル生産体制強化、非米国市場での地位確立 | サプライチェーン安定化、新モデル効果、FSD収益化模索 |
注: E = Estimated (予測)。本予測は2025年4月時点の情報に基づく仮定シナリオであり、実際の状況は変化しうる。
VI. 戦略的SWOT分析と総合的見通し
トランプ政権の関税政策という外部環境の変化を踏まえ、BYDとテスラの強み、弱み、機会、脅威を整理し、総合的な見通しを考察する。
A. BYD SWOT分析(関税文脈)
- 強み (Strengths):
- 垂直統合: バッテリーから車両組立まで内製化し、高いコスト競争力とサプライチェーンの安定性を確保 。関税による部品コスト上昇の影響を相対的に受けにくい。
- 多様な製品ポートフォリオ: BEVとPHEV、低価格帯から高級車まで幅広く展開し、多様な市場ニーズに対応可能 。PHEVは関税やインフラ制約のある市場で有効 。
- 中国市場での支配的地位: 世界最大の自動車市場での強固な基盤が、収益と規模の経済を支える 。
- 急速なグローバル展開: 欧州、アジア、中南米など非米国市場での積極的な拡大により、市場リスクを分散 。
- 高い輸出利益率: 特に欧州市場での高い利益マージンが、関税導入時の価格調整余地を与える 。
- 先進的なバッテリー技術: ブレードバッテリーなどの独自技術が競争優位性をもたらす。
- 弱み (Weaknesses):
- ブランド認知度: 中国国外、特に先進国市場におけるブランドイメージやプレミアム感は、テスラに比べてまだ低い。
- 急速拡大に伴う品質リスク: 生産・販売網の急拡大に伴う品質管理やアフターサービス体制の維持が課題となる可能性。
- 中国国内市場への依存: 依然として売上の多くを中国国内市場に依存しており、同市場の景気変動や政策変更の影響を受けやすい。
- 複雑な地政学リスク: グローバル展開を進める上で、各国の保護主義、米中対立、中国政府の規制など、複雑な地政学的要因への対応が必要 。
- 機会 (Opportunities):
- 競合の弱体化: 関税によって財務的に打撃を受ける競合他社(特にテスラや、中国から輸出する欧米日韓メーカー )からシェアを奪う好機 。
- 非米国市場でのシェア拡大: 欧州、中南米、アジアなど、関税の影響が比較的小さい、あるいは価格競争力が活かせる市場で大幅な成長を目指す。
- 技術的リーダーシップ: 急速充電 やバッテリー技術、ADAS などで差別化を図り、ブランド価値を高める。
- メキシコ拠点の活用(限定的): 米国向け輸出が困難でも、メキシコ国内および中南米市場向けの生産拠点として活用する道は残る 。
- 脅威 (Threats):
- 保護主義の拡大: 米国だけでなく、欧州 など他の主要市場でも対中関税や反補助金措置が強化されるリスク。
- 地政学的緊張: 米中対立の激化が、メキシコ計画 やグローバルサプライチェーン、国際的な事業展開全体に悪影響を及ぼすリスク。
- 中国メーカー間の競争激化: 他の中国EVメーカーもグローバル展開を加速しており、海外市場での競争が激化する。
- 中国政府による規制・介入: 技術流出懸念による海外投資の制限 など、中国政府の政策変更リスク。
BYDにとって最大の脅威は、コスト競争力そのものよりも、その急成長に対する各国の警戒感や、米中対立の激化といった地政学的な要因であると言える。これらの非市場リスクをいかに管理するかが、持続的な成長の鍵となる。
B. テスラ SWOT分析(関税文脈)
- 強み (Strengths):
- 強力なブランド力: EV市場における圧倒的なブランド認知度と、先進的・革新的なイメージ(ただし、近年変動性も )。
- 確立された充電ネットワーク: グローバルに展開するスーパーチャージャー網は、依然として大きな競争優位性。
- ソフトウェア技術: OTA(無線アップデート)による車両機能向上や、FSD(完全自動運転)技術の潜在力 。
- 米国での生産基盤: 主要市場である米国内に大規模工場を有し、完成車輸入関税の影響を回避できる 。
- 熱心な顧客層: テスラブランドに対するロイヤリティの高い顧客基盤。
- 弱み (Weaknesses):
- 市場・生産拠点の偏り: 米国市場への高い依存度 と、グローバル生産の約半分を担うギガファクトリー上海への依存 が、関税や地政学リスクに対する脆弱性を高めている。
- 製品ラインナップの陳腐化: 主力であるモデル3/Yが発売から年月を経過し、競争が激化する中で新鮮味が薄れている 。
- 収益性の低下と販売減速: 関税導入前から、利益率の低下と販売台数の伸び悩みが顕在化している 。
- 部品関税への脆弱性: 米国生産車であっても、中国などから輸入する部品への関税によりコスト増の影響を受ける 。
- CEOリスク: CEOの言動がブランドイメージや株価、時には販売にも影響を与える不安定要素となっている 。
- 機会 (Opportunities):
- ソフトウェア/FSDによる収益化: FSDライセンス販売や将来のロボタクシー事業展開により、新たな収益源を確立する 。
- サプライチェーン国内回帰: 長期的には、関税を契機にサプライチェーンを米国および同盟国中心に再構築できれば、安定性とコスト競争力を回復できる可能性(ただし困難)。
- 低価格モデルの投入: 計画中の次世代低価格モデルを成功させ、新たな顧客層を開拓する。
- 充電ネットワークの活用: スーパーチャージャー網の他社への開放などを通じて、収益化を図る。
- 脅威 (Threats):
- 関税の直接的影響: 米国での部品コスト増 、中国での報復関税や不買運動リスク 、欧州などへの輸出に対する関税リスク が、収益と販売を直撃する。
- 市場シェアの継続的低下: BYDをはじめとする競合の攻勢により、主要市場でのシェアを失い続けるリスク 。
- 価格転嫁の困難: 競争激化により、コスト上昇分を価格に転嫁できず、利益率がさらに悪化するリスク。
- ブランドイメージのさらなる悪化: 政治的な対立やCEOの言動などが、ブランドへのネガティブな影響を増幅させる可能性。
- FSD/ロボタクシーの遅延: 技術的・規制的なハードルにより、期待される新収益源の確立が遅れるリスク 。
テスラにとって、関税は既存の弱点(製品の陳腐化、利益率低下、ブランドの不安定性)を増幅させる触媒となりうる。単に関税に対応するだけでなく、製品戦略やブランドマネジメントを含む、より根本的な課題への対処が求められている。
表3:SWOT分析:関税環境下のBYD vs. テスラ
BYD | Tesla | |
---|---|---|
強み | 垂直統合、多様な製品(BEV/PHEV)、中国市場基盤、グローバル展開力、高輸出利益率、バッテリー技術 | 強力なブランド、充電網、ソフトウェア技術(FSD)、米国生産基盤、ロイヤル顧客層 |
弱み | 中国国外ブランド認知度、品質管理リスク、中国依存、複雑な地政学リスク | 市場/生産の偏り(米/中)、製品陳腐化、収益性低下/販売減速、部品関税脆弱性、CEOリスク |
機会 | 競合弱体化からのシェア獲得、非米国市場拡大、技術差別化、メキシコ活用(限定的) | FSD/ソフトウェア収益化、サプライチェーン国内回帰(長期)、低価格モデル投入、充電網活用 |
脅威 | 保護主義拡大(米/欧)、地政学的緊張(米中対立)、中国メーカー間競争激化、中国政府規制 | 関税直接影響(米/中/欧)、シェア継続低下、価格転嫁困難、ブランド悪化リスク、FSD/ロボタクシー遅延リスク |
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C. 総合的見通し
トランプ次期政権による関税政策の導入は、世界のEV/PHEV市場における競争環境を根本的に変容させる可能性が高い。
現時点での分析に基づけば、BYDは、米国市場へのアクセスが事実上閉ざされるという大きな制約を受けるものの、その影響は限定的であり、むしろ関税によって打撃を受ける競合他社との比較において、グローバル市場(特に非米国市場)での相対的な優位性を高める可能性がある。同社の垂直統合によるコスト競争力、多様な製品ラインナップ、そして既に確立しつつあるグローバルな生産・販売ネットワークは、関税環境下での耐性を高める要因となる。ただし、欧州などでの保護主義の高まりや、米中対立の激化に伴う地政学リスクは、同社の成長に対する最大の不確定要素である。
一方、テスラは、より深刻かつ複合的な課題に直面する。最大の市場である米国での需要減退リスク、重要拠点であるギガファクトリー上海を巡る関税・報復リスク、そして部品コストの上昇による収益性への圧力は、同社の事業基盤を揺るがしかねない。これらの外部圧力は、既に顕在化している販売の伸び悩みや利益率の低下といった内部的な課題をさらに悪化させる可能性がある。テスラがこの難局を乗り越えるためには、サプライチェーンの抜本的な再構築、徹底したコスト削減、そしてソフトウェアや新モデルによる収益源の多様化・強化が不可欠となるが、その道のりは平坦ではない。
結論として、2025年から2026年にかけて、関税政策はBYDのグローバルな躍進を(皮肉にも米国市場を除いて)後押しし、テスラに対しては厳しい試練を与える可能性が高い。この環境下では、従来のブランド力や技術力に加え、サプライチェーンの強靭性、コスト管理能力、市場の多様性、そして地政学的リスクへの対応能力が、EVメーカーの勝敗を分ける決定的な要因となるだろう。米国の保護主義的な政策は、短期的には国内産業を保護する意図があるかもしれないが、中長期的には米国自身のEVシフトを遅らせ、グローバルな競争環境における米国企業の地位を相対的に低下させるリスクもはらんでいる。今後の市場動向は、関税政策の具体的な内容と運用、そして各社の戦略的な対応によって大きく左右されることになるため、継続的な注視が必要である。